原発・核と社会


ダライ・ラマ猊下の原発肯定発言について2

前回の記事の感想を何人かの友人からいただいた。ある友人からこういうコメントをいただいてハッとした。

ダライ・ラマ14世猊下の仰っているのは「常に物事は全体を見るべきで、一面だけを見て決めるべきではない。」であり、原発賛成か反対か、が焦点ではない、と思います。反対なら反対の偏った意見ばかりに耳を傾けるのではなく、常に両方の立場、いやすべての立場に配慮して、物事の全体を眺めるようにしましょうと仰っているのだと思います。

おそらく友人のこの指摘は正しい。またこれは、ダライ・ラマ猊下の属されている宗派が、議論を進めるときの基本的な手法だ。


ダライ・ラマ猊下の原発肯定発言について

来日中のダライ・ラマ猊下が「原発は必要」と語ったとして、原発に否定的な人たちから非難を浴びておられる。「世界の精神的主導者であるダライ・ラマともあろう人が、悪魔のエネルギーを肯定するとはなにごとか!」「宗教者としてあるまじき発言」といった感じで非難を受けておられるのだが、私が翻訳原文を読んだ限りでは、そう単純な話ではなさそうだと感じた。


日本はずっと非現実的な夢想家だった(下)

前回に、左翼はずっと非現実的な夢想家だったと書いた。それに比べると、保守系や大多数をしめるノンポリ系の一般大衆はずっと現実的だった。

大東亜戦争に敗戦し、日本が焦土なった。日本と日本人にとって一番重要だったのは、飯の種である経済を復興させることだった。


日本はずっと非現実的な夢想家だった(中)

前回の記事で、支那事変から大東亜戦争はロシア・欧米・中国との防衛戦争だったと書いた。

支那大陸では、ソ連は毛沢東の共産党、欧米は蒋介石の国民党、日本は満州国を建て汪兆銘の南京国民政府を後押ししたた。しかし日本が米国に敗れて満州国と南京国民政府はなくなった。さらに共産党と国民党の内戦は共産党の圧倒的勝利に終わり中華人民共和国ができた。


日本はずっと非現実的な夢想家だった(上)

村上春樹氏がカタルーニャ国際賞の授賞式で行ったスピーチ原稿の全文を読んだ。カタルーニャ国際賞とは、スペインのカタルーニャ自治州政府が文化や学問の世界でめざましい活躍をした人物に贈る賞だという。

東日本大震災の話からはじまり、広島・長崎の原爆投下と福島の原発の事故において日本が犯したことを語り、その過ちを乗り越えるためには原発に反対する「非現実的な夢想家」になって世界に訴えかけることが必要だという流れになっている。