整形外科に勤めていたときの元同僚から「仏教の入門書でなにかいいのはないか?」とたずねられた。なんでも、仏教系?のカルト教団の教義が本物かどうかを見分けるのに基本的な事を知りたいんだそうだ。勧誘を受けて困っているのかな?
患者さんからも仏教の入門書について聞かれることもあるので、どれがいいかいろいろ悩むんだけど、最近お薦めしているのは『ダライ・ラマの仏教入門』『ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ 』の二冊である。
インドで仏教が誕生し壊滅的状態になるまで2000年近くの歴史があったのだけれど、その間に流派がいくつもできた。最初にお釈迦様が説かれた教えとはずいぶん異なる流派もあったし、生産的発展?を遂げたものもあった。とくに、日本には支那大陸を経てはいってきたので、流れ流れて入ってくる過程でどんどん変化したし、日本に入ってからもどんどん変化した。仏教はそんな長い歴史を経てきたので、お釈迦様の教えとはずいぶんどころかまったく違ったものになってしまった流派がいくつもできた。
ダライ・ラマ猊下はチベット仏教のゲルク派という流派の最高位のお坊さんだ。ゲルク派は大乗仏教の空の教えを深めた中観派の分派である帰謬論証派という流派に属する。とはいうものの、チベットの高僧は、子供の頃から他派も含めて広範囲の流儀を20年以上かけて学ぶので歩く仏教大辞典みたいになる。基本的なテキスト(といってもたくさんある)なんて、まる暗記しておられるのが普通だ。だからある特定の流派に属していても、仏教思想をきわめて広い観点からみることがおできになる。それは学術面の話だが、チベット仏教の高僧がすごいのは高度な瞑想理論を修行を通して体得しておられる点だ。このあたりが日本の高僧と大きく違うところだ。
このような基本的な事をふまえておすすめするのが『ダライ・ラマの仏教入門』『ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ 』の二冊である。
前者はロンドンののCamden Hall ということろでで日間にわたって行なわれた講演をまとめた"The Meaning of Life from a Buddhist Perspective"という英語の本の重訳だ。特定の流派の仏教理解によるのではなく、一応ほとんどの流派の共通理解とでもいうべき仏教のエッセンスをやさしく解説しておられる。
訳者は近代チベット仏教史がご専門の石浜裕美子先生で、学者らしい正確な訳をしておられる。原著にはない石浜先生の詳細な注がとてもすばらしい。『仏教入門』とはいえ、仏教に始めて触れる方には難しい内容もあるのだが、石浜先生の注がすばらしく、初学者には理解の助けになる。
『ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ 』の方は、大乗仏教の哲学をもうちょっと詳しく述べたものだ。この分野はなかなかいい入門書がないのだけれども、本書は仏教系の大学の一般教養の授業にも使えると思われる充実した入門書だ。仏教や哲学・思想に関心のあるインテリなら理解できるだろう。
この本は、1981年にダライ・ラマ猊下がハーバード大学で行った講義をまとめた英語の本の重訳なのだが、訳者が日本におけるチベット仏教哲学、特にツォン・カパ研究の第一人者の福田洋一先生なので、これまた註釈・解説がすばらしい。
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